赤レンガに染みついた歴史台湾台中駅 読売新聞

台湾について
読売新聞より転載です


http://www.yomiuri.co.jp/tabi/world/station/sta04102502.htm
台中駅


滑り込んできた列車に歓声をあげる子どもたち。奥の黄色いベストの男性はボランティア

赤レンガに染みついた歴史
貨物倉庫が変身アートの香り 「茶の街」 カフェが市民の“客間”

 駅舎と線路をはさんだ反対側に奇妙な物体が見えた。円柱に脚がついた形は昔ながらの貯水タンクだが、サイケデリックな彩色がほどこされている。そばに長屋のような古いレンガの建物が並ぶ。使われなくなった駅構内の貨物倉庫を改造して生まれた美術スペース「20号倉庫」だ。

 一番手前はギャラリー。倉庫の特性を生かし、天井が高く、とにかく広い。隣の小さめの倉庫はアトリエとして半年か1年単位で若手美術家に無料で貸し出されている。事業は政府の肝いりで5年前に始まった。サイケな貯水タンクも彼らの作品の1つだ。

 キュレーターの潘顕仁さん(40)は「ペイントアートをしていた作家が、勢い余って隣の民家の壁まで塗ってしまい苦情が来たこともありますが、この自由な空間で、自由な発想の制作や発表をしてほしい。新人を発掘しようと訪ねてくれる美術評論家もいて、注目され始めています」。

 アトリエの一つでは、林鴻銘さん(48)がアクリルや油彩の絵画に取り組んでいた。申請3回目でようやく今年5月から1年間使用する権利を得た。「広いので大作に挑戦できる。今どんどん描けています。2、3日泊まり込むこともありますよ」とうれしそうに筆を動かし続けた。

茶芸を楽しむ「無為草堂」では、都会の中とは思えない静かな時間が流れる

◆湿度の高いこの島の中で、台中は雨が少なくしのぎやすい。だから、住宅地として人気があるが、強力な地場産業や名産品はない。そんな都市に、あえて一つあだ名をつけるなら、「茶の街」だろう。

 とにかくカフェが多い。市民の客間代わりであり、何時間も過ごす人も珍しくない。

 中部の山地では茶の栽培が盛んで種類も豊富。「茶芸館」といわれる中国茶を供する店は今やあちこちでみられるが、その草分けが、10年ほど前に開店した、「無為草堂」。新興ビジネス街に近いのだが、店内に一歩入ると古い邸宅のよう。欄干や渡り廊下を風が抜け、中庭の池を鯉(こい)がめぐり、柳と大きな芋の葉がそよいでいる。

 「老荘の思想を体現する、山のふもとのような環境を都市の中に作ろうとしています」。案内役の林純純さん(37)が日本語で説明する。日本人観光客が多いので、店を挙げて勉強しているという。



倉庫を改造した「20号倉庫」のアトリエ。林さんがここで描いた作品を広げて見せてくれた


◆来年10月、新幹線の開通が予定されている。在来線で現在4時間40分かかる台北―高雄間がノンストップで最短83分で結ばれ、台北から台中までは2時間15分がわずか45分に短縮される。

 日本の新幹線のシステムが採用され、日本の企業連合を中心に建設が進む。車両は700系をもとにした。

 台中の新幹線駅は台中駅から西南に10キロ近く離れた場所に建設中だ。地図で探しながら車を走らせると、筏子渓のほとり、商店や住宅もない平野の中に忽然(こつぜん)と、巨大な橋脚と宇宙船を思わせる近代的な駅が現れた。

 運賃が高いうえに、市街地までバスに乗り換える必要があるので、台中での利用者は少ないだろうという声もある一方、駅で特急を待っていた大学生李怡倩さん(23)は「週に1度は台北から友達に会いにきます。開通したら新幹線しか使いません」ときっぱり。100年余りの歴史をもつ台湾の鉄道が転換点に立っていることはまちがいない。



(文・小屋敷晶子  写真・小浜 誓)


 孔子廟(びょう)は台湾の多くの都市にあるが、台中市内のそれは18世紀初めの建築で規模も大きい。近くにある宝覚寺の金色の大仏像は、日本のガイドブックにはたいてい掲載されている。弥勒(みろく)大仏とは布袋(ほてい)のことで、にこやかな表情が印象的。ただし台中っ子でも存在を知らない人が結構いて、尋ねるとけげんな顔をされることも。

 八卦山脈の絶壁や楠(くすのき)の大木のトンネルなど車窓からの見所が多い集集線には、台中駅から直通で乗り入れる列車が出ている。集集駅は1921年築の木造駅舎が有名。台湾中部大地震の震源地にあって倒壊したが再建された。

 台湾屈指の景勝地・日月潭へは、バスを利用すれば台中から2時間ほど。集集線の水里駅からのバス便もある。この大きな湖には遊覧船が運航し、湖畔には、台湾の先住民族の文化を紹介する九族文化村がある。


成田から中正国際空港までは3時間半。バスで40分で西部幹線の桃園駅に出て、特急の自強号に乗れば台中まで1時間40-50分。空港から台中まで直通のリムジンバスは様々なバス会社が運行していて便数も多いが、市内に停車場所が複数あるのでよく確認したほうがよい。所要1時間半-2時間。
 台湾観光協会東京事務所=(電)03・3501・3591。同大阪事務所=(電)06・6316・7491。ホームページはhttp//www.taiwan.net.tw

(2004年10月25日 読売新聞)

駅 一覧 台中駅


日本統治時代に作られた台中駅。今やその前で、市民の足のスクーターがうなりをあげる

赤レンガに染みついた歴史 台湾

 駅前の信号が変わったとたん、スクーターの群れが走り出した。2人、3人乗りも交じり迫力がある。その向こうで、大きなデジタル時計の電光表示が夕刻を告げていた。

 早朝の中山公園で

 赤レンガの外観はどこか東京駅に似て見える。竣工(しゅんこう)は1917年。終戦まで半世紀にわたった日本統治時代のまっただ中、国策として最大の事業の1つが鉄道の敷設だった。北の港町基隆から台北を経て南の高雄に至る全長約400キロ・メートル。その中間に台中駅はある。現存する中では新竹駅に次ぐ古さだ。95年に政府の指定文化財となった。

 「自慢の吹き抜けをお見せできないのが残念です」と蘇鎮霖駅長(45)が天井を指した。本来は高いアーチや凝った柱の装飾があるのだが、今は鉄骨の仮天井で覆われている。2100人以上が亡くなった99年の台湾中部大地震で、市内でもマンションなどが倒壊した。ここも正面の垂直な壁の上部に亀裂が入った。災い転じて何とやら、この機会にかけがえのない“財産”の本格保存をとの声が高まった。5年にわたって構造の補強、外壁のはり直しなど補修が続いている。吹き抜けが再び姿を見せるのは来秋の予定だ。

イラストの拡大+

 台湾第三の都市の玄関だが、スクーターやバスの利用者が多いためか、朝夕に日本ほどのラッシュは見られない。中部観光の拠点として、むしろ週末がにぎわう。近くの雲林県から毎日予備校に通う張桜鶯さん(18)は「建物がクラシックできれい」とお気に入り。「日本時代の建築は造りがしっかりしているし、味わいがある」と話す蔡正義さん(67)は台湾鉄路(鉄道)のOBで、ボランティアとして月に20日ほど改札や乗客の案内をする。この駅独自の制度で、元教師や会社員、学生など20人ほどが登録している。「駅にはいろいろな出会いがある。それがみんな楽しみなんですよ」

 ふと、赤レンガを間近に見ると、つやつやと光っている。「ペンキが塗ってあるんです」。蘇駅長はこともなげに言う。「レンガは色があせますから、ときどき塗り直さなくてはいけません」。えっ、文化財にそれってアリ? そう思いつつ古風な駅舎に不釣り合いな電光表示を眺めるうち、このおおらかさもアリかな、と思えてきた。

(2004年10月25日 読売新聞)


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