李登輝  二〇〇七年三月六日 台湾桃園日本李登輝学校

李登輝氏 論説
(転載、転送歓迎)
 
       李登輝  二〇〇七年三月六日 台湾桃園日本李登輝学校

 小川団長、日本李登輝友の会の皆様、ようこそいらっしゃいました。皆様と一緒に台湾の将来について考え、そして語り合えることができ、とても嬉しく思っています。

●政治の空転は台湾最大の問題
さて、現在の台湾の最大の問題はなにかというと、まずは政治の空まわりではないかと思います。与野党は激しく対立し、社会全体までが両極化してしまっています。選挙となると、社会全体が刺々しい空気に包まれてしまうのです。そして政治家達も政策論争よりも、互いのあら探しや足の引っ張り合いばかりに明け暮れています。国会などは政策論争と言うより、言葉の暴力のリングになってしまっています。国家防衛に関する予算や国民生活にかかわる法案すら通らず、政府の機能も正常に作動していません。これは実に憂慮すべきことであります。2000年に、台湾で初めて政権交代が行われ、民進党の政権が誕生しました。当
時は私を含め多くの国民が、国家は正常化に向かうのではないかと期待していました。しかし、この七年間の民進党政権下では、国家の正常化どころか、逆に政争のどろ沼に嵌まってしまっています。なぜ、こうなっているかというと、独立か、統一かという無毛な論争が政治の全てに影響しているからではないかと思います。そこで私は、この状態に早く終止符を打たせないと、台湾は消耗されるばかりだと心配し、例の壱週刊のインタビューを受けたの!
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●台湾は完全な独立国家

 その記事には「李登輝が台湾の独立を放棄する」との刺激的なタイトルが付けられ、かなりの波紋を呼んだことはご承知の通りです。もちろん、「独立の放棄」とは編集者が勝手に付けたもので、私の言葉ではありませんでした。

 私は、台湾はすでに独立国家であり、独立を宣言する必要はないと言っただけです。確かに台湾の現状は前例のないいびつな状態ではあります。戦後の台湾は長く国民党という外来政権による一党独裁の支配下におかれました。しかし、1996年の総統直接選挙以降は、人民が自ら国家の指導者を選べることになりました。つまり台湾は、外来政権による支配から解放されたわけです。ましてや今などは、台湾生まれの台湾人の民進党政権の時代ですから、もはや台湾は完全たる独立国家と言えます。

●国家の正常化に邁進すべき
 
 それでも今の体制は正常であるとはいえません。それは国名も憲法も外来政権の当時のままであるからです。しかしだからといって、今の体制を完全に否認してしまうのも現実的ではありません。なぜなら、この体制の下で形成された法制はすでに国民生活の隅々まで絡み合っているからです。この体制を完全に否認することは、現在の法制の法的根拠を全て否認することになり、台湾社会を大混乱に陥れることになります。実際、独立派と自認している多くの方もこの法制下で活動し、選挙に参加しているわけです。この体制の存在をとりあえず認めているからこそ、今の民進党政権も誕生したはずです。

 台湾独立とは中華民国体制からの独立であることは私も理解できます。しかし、中華民国体制の下で政権を担当しながら、独立を叫ぶのは可笑しな光景です。なぜなら、それは自分から自分を独立させようとしているに等しいからです。

●内部のコンセンサスが正常化の第一歩である

 確かに台湾の国家形態は、国際社会の中では例のない存在であります。私は総統在任中の1999年、現在の副首相である蔡英文氏を英国に派遣し、九名の権威ある国際法の学者に国際法の観点から「台湾は主権独立国家であるかどうか」と伺いました。そしてその内の半分はイエスと答え、残りの半分はノーと答えました。つまり、台湾の国家形態はそのぐらい複雑で特殊なものだということです。その後、私は台湾と中国との関係は「特殊な国と国との関係だ」とドイツの放送局とのインタビューで明言したわけです。外国からどう見られようと、台湾は独立国家であるという否定できない現実を内外にはっきりと示したわけです。もちろん、それだけで台湾の国家正常化が完了したとはいえません。ただ、そのように国際社会に対して「台湾は独立国家であること」ということを明示したことで、国家正常化への第一歩が踏み出せたのです。

 ではこの台湾の国家正常化とは何かといえば、まず国名を中華民国から台湾に正し、台湾の現状に則した憲法を台湾人自らが制定することです。もちろんこれは簡単なことではありません。中国からは当然圧力がかかりますし、台湾内部でもいくつもの高いハードルがあります。そこでこの作業を可能にするための不可欠な第一歩が、「台湾は一つの主権独立国家である」とのコンセンサスを確立することになるのです。

●大多数の台湾人は独立した現状維持派

 よく台湾の政治勢力は独立派と統一派とに分けて見られます。しかし、台湾では中国と統一したい国民はほんの僅かで、ほとんどの国民が現状維持を希望しているという現実があります。台湾の現状とはなにかというと、中国に隷属しない独立した情況ではないでしょうか。台湾の正常化を図るには、まずその民意を踏まえなくてはならないと私は考えております。独立か否かの神学論争は無意味なだけでなく、国民を二分させ、対立を激化させる以外のなにものでもありません。それによって政治の停滞は、国民に計り知れない損害を与えることになります
。国家の指導者たる人間は、そのような激しい対立を放置し、もしくは助長しては、人民に対して無責任きわまりないということを知るべきです。

●台湾人を苦しめる日米の「一つの中国」政策

 それから、日米も含む今の国際社会は、中国の圧力に屈して「一つの中国」政策を取り入れています。その政策が台湾人を苦しめ、台湾の国家正常化の最大の阻害になっています。しかし、台湾人がその対抗策として台湾の独立を叫ぶことは得策ではありません。なぜなら、中華民国(Republic of China)と中華人民共和国(Peopleユs Republic of China)の区別もできないほとんどの国々にとって、台湾の独立とは中国からの分離独立を意味しており、そのこと自体が「一つの中国」を正当化しかねないからです。つまり、自分で自分の首を締めかねないことになるわけです。台湾人はいかなる外国からの阻害があっても、独立国家とし
て粛々と国家の正常化に進めるべきだと、私は主張したいのです。もちろん、それは「一つの中国」政策を容認することにはなりません。

●アジアの安全保障と矛盾する「一つの中国」

 日米にとって台湾の戦略的地位が極めて重要であることを、両国ともに認めています。日米間、台米間の安全保障の面においての連携は緊密であることは大変喜ばしいことであります。しかし国際社会で台湾を孤立させる「一つの中国」政策が、結果として、安全保障の連携に支障を来していることに、私は危惧しています。

 日米から「安全保障の面で日米と連携しろ」、そして「国際社会では一つの中国の枠に中で我慢しろ」、といわれても、そのようなご都合主義には限界があるのです。台湾では深まりつつ孤立から敗北主義が広がりつつあり、やがては与野党とも中国に傾斜してしまうかもしれません。その結果、内政面においても中国干渉が大きくなり、政策的にも中国の意向が野党を通じて色濃く反映されるようになっています。台湾の防衛に必要な武器購買の予算がなかなか通らないのもそのためです。つまり安全保障の面で、こうした影響はすでに出ているといえるのです。

 このように、日米の「一つの中国」政策は台湾だけでなく、自分の首をも締めることになるのです。「一つの中国」政策は中国に台湾を干渉する口実を与え、中国勢力が台湾に進出しやすくするもので、それは決して日米のためにならないと、ここで重ねて強調したいのです。

●日本は台湾を直視すべし

 日本李登輝友の会の機関誌の名は「日台共栄」ですが、日台が運命共同体であることは、国のことを憂える愛国者なら、誰もが認めていることなのでしょう。
アメリカが中東で足をとらわれている今だからこそ、日本はアジアのリーダーとして、安全保障の要である台湾を直視すべきではないかと思います。

 台湾も日本も、一つの独立国家として現実を直視し、裸の王様同様の「一つの中国」政策を放棄する時期になるのではないでしょうか。このメッセージを日本に持ち帰っていただき、日本社会に伝えていただければ幸いです。

ご静聴、ありがとうございました。

『台湾の声』  http://www.emaga.com/info/3407.html

『日本之声』 http://groups.yahoo.com/group/nihonnokoe (Big5漢文)
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