知られざる日台融和の祭典 青森県大間町の「天妃祭」に参加して 阿貴

大間天妃様祭り
知られざる日台融和の祭典
青森県大間町の「天妃祭」に参加して

                     青森日台交流会 阿貴

1、なぜ青森に媽祖様が?

媽祖様は台湾では代表的な神様ですが、青森県大間町の稲荷神社にも天妃媽祖大権現
が祀られています。

我々は今年7月15、16日に開催された「天妃様祭り」に参加して来ました。

大間町の天妃(てんぴ)祭は毎年海の日に、町全体が全力を挙げて行うお祭です。
「天妃様」とは航海や漁業の守り神として知られています。いわば「海上守護の女
神」です。天妃は昔から、海上安全を願う漁民たちに信仰されてきた。台湾や東南ア
ジアの方では別名「媽祖」と呼ばれています。媽祖信仰は台湾の代表的な民間信仰に
もなっている。また現在では世界26か国1500余か所の地区に媽祖廟があると分かりま
した。特に台湾では、媽祖廟は八百余か所くらいあるそうです。
日本にも媽祖様(天妃様)が15箇所ほどで祀られていますが、「日台融和」の祭りは
ここ、青森県大間町だけなのです。日本の天妃祭の中でも、大間町が一番なんです。
ちなみに旧暦の3月23日は媽祖の誕生日です。台湾の媽祖廟では4日間にも及ぶ、台湾
全土に渡って盛大な祭りが開催されています。

なぜ天妃様が大間で祀られているのか?すごく不思議に思いました。資料によれば1
696年、大間村の名主伊藤五左衛門が海で遭難した。その時天妃様に助けてくださ
いとお願いしたところ、天妃様が現れて助けてくれた。この時の出来事はその年から
97年後に大間を訪れた紀行家菅江真澄の天妃縁起に書かれているそうです。

それから五左衛門は茨城県那珂湊に祀られていた天妃様を自分の屋敷に祀った。これ
が大間に来た始まりだそうです。現在は大間稲荷神社に祀られています。天妃様は明
治六年に大間町の稲荷神社に合祀され、今日に至っていますが、住民は平成8年ま
でに、神様が天妃様だということを忘れて分からなくなっていました。大間町観光協
会会長の大見光男氏(現県会議員)の発議で、祀っている神様の身分を調べたとこ
ろ、その神様が「天妃様」ということが分かりました。遷座三百周年にあたる平成8
年に、天妃祭での町おこし、大漁祈願がこの年から始まりました。天妃様のご神体を
一般公開し、神社の入り口に五左衛門の顕彰碑を建てました。

2、今年も参加ツアーを組みました

媽祖本尊の分身や千里眼、順風耳、みこし、多数の大型人形や行列用品は、台湾の媽
祖信仰の総本山であり、現在稲荷神社と姉妹宮にもなっている台湾雲林県の北港朝天
宮から寄贈された物です。双方の橋渡しを務めたのは、日本の媽祖信仰の団体であ
る「日本媽祖会」の入江修正名誉会長たちです。入江会長は北港出身の台湾人で
す。
日本媽祖会の方々も毎年東京から大間に来て、天妃祭に参加しています。今回も会長
の顔錦川氏が10数名の方を連れて参加しました。

青森日台交流会と青森李登輝友の会も昨年から参加しています。大見光男氏は実は青
森李登輝友の会の会長でもあるので、何か協力できたらいいなという気持ちもありま
した。

そこで二つの会が共同でこの祭りの参加を募集したところ、昨年の倍の人数、20人
の参加となりました。それは日本李登輝友の会をはじめ、各支部の方々の参加のおか
けです。 本部からは事務局次長片木さん、理事永山さん、秋田県支部準備会代表の千
葉さん、青森県支部の会員村上さん&ファミリー、茨城県に住む友の会の会員小田
さん、東京から熱烈愛台湾の同志飯田さん、青森県支部、青森日台交流会の会員、下
屋さん&ファミリー、秋田県在住の佐藤さんなどが参加しました。宮城県支部の方も
参加する予定でしたが、体調不良のため、欠席となりました。ぜひ来年参加できたら
いいなと願っています。遠いところから参加した皆様に御礼を申し上げます。

また台北駐日代表処(台湾駐日大使館)の経済部次長である郭慶老さんは許大使の代
理で日本媽祖会と同行して参加しました。台湾宏観テレビの謝さんも取材に駆けつけ
ました。

3、神社→海上→行列と祭りは盛りだくさん

今年(平成19年)は7月15日18:00~19:00が宵宮祭。翌17日8:0
0~9:00に本祭典が行われた。この二日間の祈祷儀式は、大間町の稲荷神社で行
われました。大間観光協会会長・大見光男氏、町長・金澤満春氏を始め町議会議員、
漁業協同組合などの方々が中心となって行った。そして日本媽祖会、日本李登輝友
の会、青森李登輝友の会、青森日台交流会などの日台交流団体も参列させていただき
ました。神主が祈祷し、獅子舞や、囃子、笛や、小太鼓の神楽も鳴り響き、そして祈
祷終了後に「御神酒振る舞い」が行われました。

9:00から10:00までは海上での大漁祈祷が行われました。
この日、港の船は鮮やかな大漁旗、マグロ幟で飾られました。
神輿、媽祖本尊の分身を一番前の船に乗せて、さぁ~いざ出発です。我々日本李登輝
友の会、青森日台交流会は町議会議員・千代谷誠氏にお世話になりまして、特別に漁
業組合の方の船に乗せていただきました。15隻くらいの船が順番に輪になってまず
港内を3周します。その後、沖合いに出て、また3周します。漁船は沖合いで繋がっ
てイカダ状態になって。それから「お札入れ」が行われます。昔は水中に潜ってお札
を納めた(石で札を押さえた)という話もあったそうです。そしてしばらく船でお祝
いをします。

その後港に戻り、10:00~10:30は、港の沿岸での祈祷が行われました。

そしてメインイベントの「天妃様行列」は10:30~11:30で行われました。
先頭には神楽、神主で、行列の一式を持った町の方々、次は中型の人形を担いだ大間
町中学校の中学生、次は10人以上かかりによる「龍の舞い」、銅鑼や爆竹も鳴り止
まない、そして千里眼と順風耳は媽祖を守るように、媽祖前に歩きます。我々は媽祖
本尊の分身の後について一緒に町をうねり歩いた。
天妃様行列の中で、一番目立つのは、千里眼(せんりがん)と順風耳(じゅんぷう
じ)と思った方もいるのでしょう。この二神はもともと悪神であったが、媽祖によっ
て調伏され改心し、以降媽祖の家来となりました。
15日は台風が去った後なので、天候は望ましくなかった。16日の祭りは大丈夫で
しょうかと皆様が心配していました。16日の朝になって、空を見たら、びっくりし
ました。この青空はなんだ?信じられなかった。奇跡だ!これも天妃様のご加護でし
ょう。おかけで祭りは晴天に恵まれ、大成功で終わりました。大見先生の話によれ
ば、平成8年から始まったお祭ですが、一度も雨に見舞われたことがないとのこと。
また「天妃祭」を始めてから、「日本一大間マグロ」の知名度や、マグロの漁量が確実
に上がったとのこと。

4、「日台融和」に感無量

天妃様行列終了後、11:30頃神社前で「もち振る舞い」が行われました。金澤満
春町長と組合の方々が大間町自慢の「マグロ絵入り」のトラックの上に立ち、おも
ちや、お菓子、飴などを振舞いました。子供をはじめ、大人から年配の方まで「必
死」で拾ってました。当然我々も「頑張りました」。

もち振る舞い終了後、我々は大見光男先生、日本媽祖会と一緒に公民館の2Fでお弁当
を食べました。その後本州最北端へ行き、観光とお土産を買ったあとに、また日本媽
祖会と一緒にバスに乗り、下北でお別れしました。我々は下北で「きらきらみちのく
臨時快速列車」に乗って野辺地へ、野辺地でそれぞれの帰り方向に、別れて、解散し
ました。

帰りまた台風のつめ跡の影響で、メンバーの方がまた駅でちょっと足止められまし
た。
とても長かった一泊二日間の旅でした。

「天妃祭」を知ったきっかけは、青森李登輝友の会支部長・大見光男先生が、出身地
である大間町で、「天妃様祭り」による町おこしを取り組んでいると聞いたのは始ま
りでした。本州の最北端・大間町で台湾と関係ある祭りが行われていると聞いていた
だけで、驚きました。青森と台湾が繋がりがあったなんて知りませんでした。「日台
融和」の祭りに感無量でした。まだあまり知られていない、大間町の天妃祭ですが、
もっともっと両国の交流が盛るといいですね。

最後に、大間町まで行く交通から、宿泊、食事の手配など、何かなら何までお世話し
てくれた大間町観光協会の広谷亮介さんに心から御礼申し上げます。おかげで、私た
ちのツアーは大成功となりました。

関連記事
スポンサーサイト
【動画】台湾宏観テレビ情報  青森県大間町の天妃祭   | Home | 【写真】天妃祭1 (稲荷神社にて)

コメント

馬祖と媽祖

阿貴さん、大間では大変お世話になりました。帽子も届きました。さて、台湾の島「馬祖」の地名について。「馬祖」という地名は、女神「媽祖」の言い伝えから来たらしい。千年前の宗太祖の頃、神通力のある林黙娘が遭難した父を探しに海に入り、その遺体がここで発見されたことから、この島は「媽祖」と呼ばれるようになり、その後同音の「馬祖」へと改められた。

「媽祖」のモデルになった林黙娘の故事をアニメ化した「海之傳説-媽祖」が、7月27日から台湾で上映されているそうですね。台語(台湾語)版もあるので、台語のリスニングの良い教材になりそうです。


2007/08/04 (Sat) 05:55 | 下屋宏幸 #- | URL | 編集

コメントの投稿


非公開コメント

このページのトップへ